自転車×ファンタジーでラノベを書く

自転車界に激震が走る――かはわからない――自転車ファンタジーストーリーを書きたい!

流星☆オン・ザ・バイシクル(7)

 2話『もぐりんぐ』

 

 ●冒頭へ

 

   

  

 

 授業が終わると同時に荒川へ直行したライ。

 

 昨日も今日も、夜の荒川で出会ったブロンドの乗り手のことが気になってしまい、学校にいても授業どころじゃなかった。

 

 2日前、暗闇をものともせずに悠々と自分を抜いて行った謎の乗り手。滝のようにヘルメットから流れ出ていた金色の髪が優雅に宙を舞う様子が頭から離れない。

 

 

 ――あれは、女だったよな?

 

 

 ライは回想する。

 

 あまりに突然のことで、しかもあの暗さの中だったから、その姿をはっきりと見ることができたと言うには程遠い。それでも、ブロンドの長髪から発せられる金色の光に包まれるようにしていた乗り手の姿は、そのわずかな時間に間にライの頭に強烈な印象を残していった。

 

 これまた光るように綺麗な白い肌、サイクルウェアに強調された女性的な体のライン、均整の取れた長身。

 

 パッと見た印象は、欧米人モデルのような人だった。鍛え上げられた身体を持つスポーツ選手とはかなり印象を異にする。

 

 

 ――あんなスピードで……。

 

 

 先輩3人が皆その姿を見ていなかった点含め、不可解な点が多かった。ライはひとりで飛ばしていたとは言え、後ろにいた3人から見えなくなるほど遠ざかっていたわけではない。ブロンドの乗り手が途中からいきなり現れたのだとしても、抜かされるところを見られたはずだ。ましてやテールランプ以上の光度はあっただろうあの金の輝き。見落とすわけがない。

 

 本当に幽霊だったのかもしれない、という気持ちも芽生えていた。しかし、ビジュアルに不快な点があるわけでもなく、佐藤が持ってきた話のようにあの後事故を起こしたわけでもない。幽霊だったのだとしても、恐怖心はまったくなかった。むしろ魅力的とも言える幽霊だ。

 

 

 ――何にしろ、もう一回会って正体を確かめなきゃな……。

 

 

 現在時刻はまだ16時を過ぎたところで、辺りはまだ十分に明るい。天気も良く、他のサイクリストやジョガーの姿もよく見受けられて、夜とは雰囲気が正反対だ。

 

 本当は昨日すぐにでも来たかったところだったが、月曜日は夜まで授業があり、真面目な学生を自負しているライに授業をサボるという選択肢を取ることはできなかった。

 

 あのブロンドの乗り手とまた会いたいという気持ちがはやる一方で、『まだ早い』と自制を効かせる自分もいる。日曜の夜に久しぶりに強度の高い乗り方をして、ライは自身の体力が1年前と比べて著しく低下していることを思い知らされることとなったのだ。

 

 だから、もう一度あのブロンドの乗り手に会うとしても、せめてもう少し体力を取り戻してから、という気持ちが強かった。

 

 それに、まだあの乗り手が幽霊だと決まったわけでもない。もしかしたら、光って見えたりしたのは気のせいか目の錯覚、もしくは何かしらの視覚効果で、後ろにいた3人が見えなかったのも偶然。本当にただめちゃくちゃ速いというだけの普通の人だったのかもしれない。

 

 もしそうだとすれば、何も夜にしか現れないとは限らない。昼間だって走っているかもしれないし、そもそも毎日現れるというわけでもないだろう。実は遠くに住んでいる人で、この前はたまたま夜の荒川を走っていただけで、もうここへは来ないということもあり得るかもしれない。

 

 そういった不明確な点が多いということも踏まえ、ライはとりあえず明るいうちにもう一度荒川へ来ることを選んだのだった。何かわかるかもしれないからというわけでもなく、ただそうしないことには自分の気持ちが収まらなかったのである。

 

 ライの通っている大学は晴海から南東へ5km弱、東京湾に面する有明にある。そこから荒川へは湾岸道路を使ってものの20分ほどで河口までたどり着けるため、ライは授業が終わるや否や学校を飛び出し、普段着でリュックサックも背負ったまま荒川サイクリングロードへ突入。上流方面に向かってゆっくり走って来たのだった。

 

 ちなみに荒川サイクリングロードには右岸と左岸があるが、競技部時代からライはより道の広い右岸を選ぶのが習慣だ。よって以下は荒川サイクリングロードと言えば、特記しない限り右岸のことを指すことになる。

 

30km/h程度のペースで流すことおよそ1時間。大勢のサイクリストを収納できるほど道は広く、前へ向けば視界の端から端まで土手の中。そんな広漠とした景色が延々と続く荒川は、のんびりと走るのにはうってつけの場所だ。

 

 ボトルの中身が空になり、予備の飲み物も持っていなかったライは一度土手に上がって休憩することにする。

 

 川のすぐ隣にパステルカラーのマンションが南国めいた雰囲気を醸し出す団地があり、その奥にコンビニがあることは以前も何回か来たことがあったから知っていた。

 

 近くに小学校があるため、この時間は学校帰りの子どもたちでそこら中が賑わっている。わいわいと楽しげな空気の中、ライはコンビニで買ったスポーツドリンク片手に店前でくつろいでいた。

 

 道路を挟んでコンビニの向かい側に小学校があり、そしてその隣が公園の広場となっている。夕空の下で緑の眩しい芝生が広がっており、子どもたちが走り回って遊んでいるのが見える。

 

 時おり学校帰りであろう中高生が公園の中を通ってきたりするのをライは何とはなしに眺めていた。ひとりでぽつぽつと歩いていたり、男女で並んで楽しそうに会話していたりする。すると、そんな中に混じって、奥の方から自転車を押しながらやって来たひとりの女性の姿が目についた。

 

 傍らにある自転車はホームセンターに売っているようなシティサイクルで、ライの興味の範疇にあるような代物ではない。かと言ってライは街中で見かけた女性に興味を持ち、じろじろと見続けるような性癖があるわけでもない。

 

 それなのにどうしてその人のことが気になったのか。それは、ライはその人に見覚えがあったからだった。

 

 公園から出ると、その人は自転車に乗り、横断歩道を渡ってライのいる方へ向かってくる。

 

 細身で背は平均的、特徴的と言えるほどにクリクリとした目をしていて輪郭も丸っこい。赤ちゃんのようにぷにぷにそうな肌をしていて、一見小学生か中学生に見間違ってしまいそうだが、あどけない顔とは裏腹に大人びた服装や体格からしてライと同年代だとわかる。

 

 この時点でライはまだ、見たことがあるような気がするもののそれがいつどこでのことだったかは思い出せずにいた。

 

 記憶の中を探し回っているうちに、自分でも気づかぬうちにまじまじと見つめてしまっていたようだ。自転車に乗った彼女もコンビニへ用があったのだろうか。肩まで伸びた黒髪をなびかせてそのまま一直線、目の前まで来たところでそこにいるライの存在に気が付いたようで驚いように急停止。目が合った。

 

 ぽかんと見つめ合ったままおよそ3秒。女の方が先に口を開いた。

 

 「もしかして……ジン君?」

 

 その瞬間、頭の中で複雑に絡み合っていた糸が綺麗に解けたときのような爽快感とともに、ライは目の前にいる人の名前を思い出すのだった。

 

 「あ……小泉か」

 (続く)

 

 

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