自転車×ファンタジーでラノベを書く

自転車界に激震が走る――かはわからない――自転車ファンタジーストーリーを書きたい!

流星☆オン・ザ・バイシクル(6)

 

 (続き) 

 横に並んだのは一瞬のことだったが、それでも目測90mmのディープリムに加えて、エアロ形状のフレームも確認できた。乗っている人物は欧米選手のように背が高いようで、サドルはライよりもかなり高く、ハンドルとの落差もものすごい。

 

 そして、何より目を惹いたのは、その人物の髪だった。

 

 ヘルメットから流れ出るように宙になびくブロンドの長髪。自転車の全長をも越えようかというその髪は、さながら竜が空を飛んでいるかのように、その末端までもが1ミリも残さずタイヤに巻き込まれない高さで舞っている。

 

 それは、月明かりに照らされているのにしては不自然なほどに輝き、流れ星のように金色の尾を引いていた。

 

 淡い光に包まれ、真っ暗だというのにその人物だけははっきりと視界に映っている。

 

 50mの差が開く一瞬のラグの後、ライは本能的に反射して再びペダルを踏みこんだ。

 

 考えたのではない。抜かされたら追いかけるという競争本能が目を覚ましたのだ。競技部時代にはフル稼働という具合に活発に働き、この1年間はすっかり眠ってしまっていたのだが、それが叩き起こされたのである。

 

 ――しかし、既に遅かった。抜かされてから一瞬で50mもの差をつけるこの相手に対しては、その一瞬のラグが命取りだった。

 

 トップスピードに乗る前に、金髪の乗り手ははるか視界の先へと離れてしまっていた。

 

 実力の差を身体で感じ取り、これ以上追うのは無駄だと判断し、足を緩める。現役の頃なら今とは比較にならないほどのパワーで追うこともできたであろうが、このときのライにはこれが精いっぱいであった。

 

 気づかぬ内にすっかり息が上がってしまっていた。本気に近い気力を使ってから一度気を緩めると、再び引き締めるのは困難というものだ。ライはゆっくりとスピードを落とし、やがて止まって地に足をつけた。

 

 もはや先ほどの乗り手の姿は見えない。ブロンドの髪をなびかせたあの乗り手は、瞬く間に先へ行ってしまった。

 

 

 ――何だったんだ?

 

 

 ライはあっけに取られると同時に困惑していた。

 

 

 ――あんなに速い奴、見たことねーよ。

 

 

 いくら現役の頃より体力が落ちているとはいえ、それでも力の差を歴然と見せられるような走りだった。

 

 

 ――軽々と、あんなスピード。同じ人間とは思えない……。

 

 

 ふと、走っている最中にも浮かんだ言葉が再び頭に蘇る。

 

 

 ――幽霊? でも、幽霊にしては、しっかりと人間味があったぞ。 自転車も、本物にしか見えなかったし。

 

 

 道の端で呆然と立ち尽くしていると、聞きなれた声が聞こえてきてライは我に返る。

 

 「あー、いた。やっと追いついた。ジン、お前はえーな! さすがは元競技部といったところか。でも、まさかそこまで速いとは思わなかったぜ……」

 

 最初にやって来た山田が言った。ライの走りを見て心底感心している様子である。

 

 続いて佐藤、鈴木の順にやって来る。3人とも息を驚きと困惑の色を顔に浮かべながら、息を切らしていた。どうやらライの後を追ってかなりペースを上げてここまで来たようだ。

 

 「ひいい、やっと追いついたー! ジン……お前マジかよ……。そんなに速いなら速いって最初から言ってくれよなあ。俺、自信失くすぜ……」

 

 鈴木は止まって地面に足をつくと同時にハンドルに乗りかかるようにしてうなだれた。

 

 「こいつは元競技部なんだ。速いのには決まってるだろうよ」と、山田が慰めるように言う。

 

 佐藤は顔に汗を垂らしながらも、何やら訳知り顔で薄ら笑いを浮かべていた。

 

 特に興味がないのか何も言わない佐藤と同じようにライも無言だ。ライにとっては今、追いついてきた先輩3人のことなど頭に入らないのだ。

 

 ブロンドの乗り手が去った方を、ただ黙って見つめ続ける。追いつけなかったという悔しさよりも、恐れに近い驚きが心を占める割合の方が圧倒的に大きかった。

 

 

 ――一体、何者なんだ……。

 

 

 抜かしていった者は、もう遥か彼方先だ。

 

 「それにしてもさー。ジン、すげー飛ばしてたよな。いきなりどうしたんだよ。急に昔の気持ちに戻りでもしたのか?」

 

 鈴木のその言葉には、ライの方がクエスチョンマークを増やすこととなる。

 

 「先輩たちは、あいつを見なかったんですか?」

 

 ライがそう聞くと、「あいつ?」と鈴木は首を傾げた。

 

 「俺らの他に誰かいたのか? 誰も見えなかったけどな」

 

 山田もそんなことを言う。

 

 「まさか、幽霊?」と、佐藤は嬉しそうににやにやとしているが、何か知っているわけではなさそうだ。

 

 ライはさらに困惑した。

 

 自分の走りなんかよりあのブロンドの乗り手のことの方が話題に上がってもおかしくはないし、むしろそっちの方が自然なくらいなのに、話題に上るどころか、この3人はブロンドの乗り手を見ていないかのような口ぶりだ。

 

 ライは慎重になって、下手なことは言わないようにする。

 

 

 ――この3人は、あいつを見ていない?

 

 

 幽霊。その言葉がライの頭の中を占めた。

 

 すさまじく速いスピード。不自然なほどに綺麗な長髪。自分しか見ていないという事実。

 

 この状況を説明できる言葉は、まさしく幽霊でしかない。

 

 

 ――荒川の幽霊ライダー。

 

 

 「どういうことだ? あいつって、誰のことだよ。まさか、本当に幽霊がいたとか言うんじゃねえよな」

 

 「嘘だろ……ちょっと待ってくれよ。俺たちゃ誰も見てねえぜ」

 

 山田が真剣な表情で言うのにつられ、鈴木も不安げな様子をあらわにする。

 

 ライはできるだけ平静を装って答えた。

 

 「いや、まさか、違いますよ。ほら、あれです……ええと、土手の上にJKがいたんですよ。すげー可愛い。だから、ちょっとカッコつけようと思って……っていう話ですよ」

 

 「……はあ?」

 

山田と鈴木は揃って目を丸くした。

 

 「JKなんていたっけ? 暗くてわからなかったな……ってかジン、お前よくこの暗さで可愛いなんてわかったな……ってかそもそも、ジンってそんな趣味だったっけ?」

 

 鈴木のツッコミ。

 

ライがあたふたして返答に困っていると、山田が意地の悪い笑みを浮かべ、追い打ちをかけるように、

 

 「おいおい、本当にJKなんていたのかあ? ジンよお、お前何か隠してるんじゃないだろうなあ」

 

 「か、隠してなんかないですから。本当にいたんですよ。いやあ、可愛かったなー、ハハ」

 

 誤魔化して逃げようとするライ。山田と鈴木は明らかに納得していない顔をしていたが、そこに不意打ちをかけるように後ろで佐藤がぼそっと呟いた。

 

 「もしかして、そいつが幽霊かもな」

 

 「はあ?」と、山田と鈴木が1分前とほぼ同一のトーンで振り返る。ライはこのときばかりは佐藤に感謝し、さりげなくその場を去るようにして再び走り出した。

 

 それから10分と経たずうちに、重圧的なの暗さに全員が耐えかね、結局この日は早々に引き上げることとなる。

 

 帰り道、『幽霊ライダー』も見つけられず、わざわざ夜に荒川まで来たのが無駄骨になったことに対して山田と鈴木が愚痴り合っている最中、ふとライは佐藤に尋ねられた。

 

 「ジン。さっき何キロ出てた?」

 

 ひとコマ置いて“さっき”というのが自分が人知れずブロンドの乗り手を追おうとしたときのことだろうと推測し、ライは街灯の明かりを使ってサイクルコンピュータを確認した。

 

 「えーっと。MAXが……64キロですね。ありゃ、そんな出てたんだ」

 

 そこまで本気を出したつもりはなかったから、予想外の数字に自分でも驚くのだった。

 

信じられないというような顔で前にいた山田と鈴木が勢いよく振り返ったのを尻目に、佐藤は特に意外に思った素振りも見せず、いつものにやにや顔で言った。

 

「さすがだな」

 

 他の3人にブロンドの乗り手の姿が見えていなかったのだとしたら、ライは暗闇の中ひとりで疾走していたこととなる。

 

 そりゃ驚かれるわと、ライは内心ひとりで納得したのだった。

 

 

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