自転車×ファンタジーでラノベを書く

自転車界に激震が走る――かはわからない――自転車ファンタジーストーリーを書きたい!

流星☆オン・ザ・バイシクル(8)

  

 (続き)

 ライの言葉を聞くや否や、童顔の女は果汁が弾けだすくらいの喜色満面っぷりで、

 

 「あー、やっぱり! わああ、すーっごい久しぶりだね。まさかこんなところで会うなんて思ってなかったからびっくりしちゃった! えええ、すごいなあ……。まさかこんなところで会うなんて……ってこれ2回言ったね。ええと、奇遇ってやつ? えええ、でもほんとにすごい。久しぶりだなあ……ジン君、変わってないね。まさかこんなところで会うなんて思ってなかったから、あれ、また言ったような気もするけど、えっと、とにかく、びっくりしちゃった……ん? 違う、それが言いたかったんじゃなくて、うーんと、そうそう。すぐわかったよ! ジン君だって、見たらすぐにわかった!」

 

 あまりの感激に思考回路がショートしてしまったかのような喋りっぷりだ。

 

 そんなハチャメチャな様子に狼狽しながらも、ライは冷静な思考の結果自然に浮上してきた疑問を簡潔に口にする。

 

 「ええと、何で小泉がここに?」

 

 女、小泉はバラエティ番組から急にドキュメンタリー番組に変えられたテレビのようなすばやさで表情を変え、

 

 「あ、そうそう。それ私も聞きたかったの。 何でジン君がここにいるの? あ、いや、別にここにいられて嫌とかそういうわけじゃないんだよ。ただ純粋に、どうしてなのかなーって思って。ええと、つまり、どうしてここにいるの?」

 

 「俺は……ちょっと寄り道って感じかな」

 

 「寄り道かあ、そっかー。それ、ジン君の自転車だよね? 自転車で寄り道したってことかな? あ、もしかしてだけど、荒川走ってたの? 荒川走ってるときの寄り道なら、そっか、ここちょうどいい場所だもんね!」

 

 「まあ、そんな感じだな」

 

 「うんうん、そんな感じ! ん? そんな感じって、私が言うのはおかしっか。へへ、ごめんね。あんまりびっくりしちゃったもんだから、ちょっと動揺してるみたい。わー、何かバカみたいで恥ずかしいな」

 

 「……」

 

 「なーにその顔。ほんとにバカだって思わないでよ? これでも一応、国公立に通ってるんだからね。ジン君も大学だよね? あっ、そうだ。ジン君はそのまま上に上がったんだっけ。あっ、いや、別にバカにしてるわけとかそういうわけじゃ全然ないよ。ジン君、高校のときから頭良かったもんね。部活もやってて、まさに文武両道、って感じ。わー、私何言ってんだろ。国公立通ってるからって頭いいとは限らないし。勉強できるのと頭いいのは違うしね。私も勉強だけは頑張ったつもりだったけど、頭の良さではジン君にかなう気がしないなあ、ってほんと私何言ってんだろ。わああん、バカみたいで恥ずかしいい」

 

頭の処理能力を超えるような速さで次から次へと喋られるものだから小泉のセリフはライの頭にほとんど入らない。

 

 「ええと、それで、俺の質問の答えは……」

 

 ライがおそるおそる言うと、小泉はきょとんとして、

 

 「ん? あれ、なんだっけ。何の話してたんだっけ。私の大学? そっか、高3のときはほとんど会わなかったから、知らなくて当然かー。私ね、今は、」

 

 「じゃなくて、小泉が、何でここにいるかって話」

 

 小泉は突然の異常により動作停止したパソコンのように固まったかと思うと、5秒ほどで処理を完了したようで、パワー全開で再起動したように、

 

 「あー、そっか。その話だったね! ジン君が寄り道したっていうのは聞いたけど、私は何も話してなかったよね。うわ、相手にだけ答えさせといて、自分のことは教えないって私バカだなー。ごめん、いっつも気を付けるようにはしてるんだけど、どうしても次から次に話したいことが思いついちゃって、忘れちゃうことが多いの。だからバカだっていっつも言われるんだよなあ……」

 

 「……」

 

 「あっ、ごめんごめん。まーた自分の話ばっかりしちゃった。私の話なんて興味ないよね。もう私のバカバカバカ。これだから男の子にも嫌われちゃうんだよ。この私のボケナスビ。オタンコナス」

 

 「それで、」

 

 「ん? 私の大学? あっ、そっか。まだ言ってなかったんだ。私ね、今は、」

 

 「小泉」

 

 ライはたまらず片手で機関銃トークの女を制す。

 

 弾が詰まったかのように小泉は口を止め、束の間の沈黙。ライはこの間に過去の記憶が頭の奥底から表面へと強制送還されてくるのを止めることができなかった。

 

 小泉ユイ。ライの高校時代の同級生で、1年時と2年時に教室を共にしていた仲だ。

 

 聴覚に刻まれている通りのこの喋り口調。誰の目から見ても全校で上位には入る美少女っぷりを発揮していたこの童顔。

 

 あどけない少女としては非の打ちどころがない体の各パーツを揃え、男子からの人気のかなり高かったこの女と、ライはそれほど親しかったわけでもない。

 

 少なくとも、ライは特別親しいと感じていたわけではなかった。クラスではあまり目立たない存在だったライに小泉の方が一方的に話しかけてきていたような形だ。だがそれゆえに、3年間部活動にかかり切りになり、それ以外の場所での交流が少なかった高校時代、クラスで比較的会話することが多かったのがこの小泉だということは事実だ。

 

 そのわずかな時間の交流だけでも、記憶をしっかりと頭に植え付けてくるだけの存在感をこの人物は放っていた。3年時からは小泉が他大学進学コースに進級したために疎遠になり、大学に入ってからは特に思い出すこともなかったのだが、こんな形の再会をしてしまったが最後。再び記憶の底に押し戻すためにはしばらく時間がかかりそうだ。

 

 「もしかして、この近くに住んでるとか?」

 

 同じ方法では埒が明かないと見て違う方向から攻めてみたライ。

 

 すると、これが功を奏したようで、小泉は慌てたように、

 

 「あーっ、そうそう、そうなの。ごめん、それを最初に言うべきだったよね。そっか、そういえば教えたことなかったね。私、このマンションに住んでるんだ。今は学校帰り。今日は授業が3限までで特にやることもなかったから、早めに帰って来たの。ジン君ももしかしてその格好、学校帰りとか?」

 

 やっと疑問を解消できたことでライはほっと胸を撫で下ろす。

 

 「学校帰りっちゃあ学校帰りかなあ。家はこっちの方じゃないんだけど」

 

 「そっかあ。家は違う場所なんだけど学校帰りなんだね。ってことは、寄り道? あっ、寄り道だっていうのはもう聞いてたんだ。ええと、じゃあ、何でここにいるの……じゃなくて、えっと、あっ、もしかして荒川走ってたの? そっか、荒川走ってるときの寄り道なら、」

 

 「気晴らしにサイクリングしてたんだよ。飲み物なくなったから、ここ寄っただけ」

 

 そういうことにしておいた。久しぶりに再会した高校時代の同級生に向かって、まさか『夜に荒川で幽霊ライダーに会ったから来た』なんてことは言えるはずもない。

 

 小泉は喋るのを妨害されたことを気に留める様子もなく、

 

 「えーっ。飲み物なくなっちゃたの? そっかまあ、最近あっつくなってきたもんね~。自転車乗ってたらそりゃ喉も乾くよ。しかたないしかたない」

 

 どう反応していいかわからず、ライは何とも言えない苦々しい思いで小泉のことを見つめていた。

 

 高校時代と同じだ。競技部に入っていた頃、ライの頭は常にそっちのことでいっぱいだったため、自転車の知識のないクラスメイトたちとあまり深い仲になることはほとんどなく、教室では常に孤立しがちだった。

 

 本人はと言えば部活という自身の基盤となるコミュニティがあったためにそんな状況を特に気にはしていなかったのだが、何故かそんなライにこの小泉という女子生徒は積極的に話しかけてきたのだ。

 

 もっとも、小泉は男女構わず誰とでも同じように話すような性格ではあって、その数ある相手の内のひとりだっただけだと考えることもできる。。それでも、特にこの点火タイミングの狂った新世代ハイパワーダウンサイジングドッカンターボエンジンのようなトークの被害にあっていたのは自分であるとライは感じているし、おそらくそれは本当だろう。

 

 

 ――始まりはなんだったっけか。

 

 

 ふとライは考えてみたものの、次に小泉が喋る出すまでの数秒間は思い出すのには短すぎた。

 

 返事が返って来ないことが予想外だったかのように小泉はどぎまぎと、

 

 「あ、えっと、うーんと、私また何か答えてなかったっけ。何だっけ。うーん、うーん、思い出せないなあ、へへ」

 

 ひとりで勝手に照れ隠しのような笑いを向けられても困るというもので、ライはため息交じりに、

 

 「何も聞いてないから大丈夫だよ。お前も、高校んときから全然変わってないな」

 

 「えっ、そう? うん、ま、そっかなあ。他の友達にもおんなじこと言われた。そっかあ、変わってないのかあ。自分ではけっこう変わったつもりなんだけどなあ。でも確かにそう言われてみると、何が変わったかってうまく言えない気がするなあ。えーっと、例えば、前よりはドジじゃなくなった……って言ってもそうだ。そんなことないってこの前言われたんだった。うーん、そしたらどうかなあ。やっぱ変わってないのかなあ」

 

 何か相槌ちを入れるべきなのかライは迷ったが、言い終わってから不意に不安そうな目を小泉が向けてきたことからすると何か言うべきだったのだろうが、それに気が付いたときはもう遅く、

 

 「あーんもう! またどうでもいい自分の話ばっかりしちゃった。ジン君ごめんん私がこんなんだからって嫌わないでええ。バカって思われるだけなら……まあ、それは本当のことなんだろうし、仕方ないから諦めるけど、嫌われたくはないよお。ジン君までに嫌われたら私……」

 

 「あのさ、」と、ライは小泉の直近のセリフの99%を無視し、

 

 「こんなところで立ち話もなんだから、どっかファミレスでも入って話す? せっかくだし。時間あるのならだけど」

 

 ライにとっては何気ない誘いだった。コンビニの前で立ったままこの無限連射トークを聞いているのも疲れるし、かと言ってまだまだ温まったばかりでオーバーヒートさせるには今の10倍は過酷な状況に置かないとならなそうなこの状況でじゃあバイバイと言って去るのも忍びない。

 

 ひとまず心を落ち着けられるひと時を手に入れたくてとっさに出てきた提案だったのだが、小泉にとってはかなり意外だったようだ。

 

 突然目の前に運命の異性が降って来たかのように目を丸くして固まったかと思うと、その2秒後には満開のひまわりのような笑顔をつくって、

 

 「うんうん、いこいこ! 時間ならいくらでもあるよ! ありすぎて困っちゃうくらいだから、ほんともう、今日も帰ってから何しよっかなーってずっと考えながら帰って来たとこだったの! そしたらそこにジン君が急に現れたもんだから、ほんとにもうびっくりしちゃって。ええと、これはさっきも言ったよね。うん。ごめん」

 

 とにかく動き出すきっかけを作ろうとライは自分の自転車に跨り、片足のクリートをペダルにはめる。

 

 バチンッ――ビンディングが奏でる甲高い音で閃いたように、小泉は続けてこう言った。

 

 「あっ、そうだ! ジン君ちょっと待って。行く前に見せたいものがあるんだ!」

 

 

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