自転車×ファンタジーでラノベを書く

自転車界に激震が走る――かはわからない――自転車ファンタジーストーリーを書きたい!

流星☆オン・ザ・バイシクル(4)

 

 ◆

 

 「うわー、レースピじゃん。いいホイール履いてきたなー」

 

 ライが到着したときの、晴海サイクルスタッフ年上3人組のひとり、鈴木のセリフだ。

 

 「さすが元競技部」と、もうひとりの佐藤がこぼすように言う。

 

 「今日は軽く走るだけって言ってなかったっけか? 珍しく随分な気合入ってるみたいだけど、俺もうそんながっつり乗るつもりないぞ」

 

 鈴木が呆れたように言うのに対し、ライは落ち着いた口調で答えた。

 

 「大丈夫ですよ。別に俺も、そんな本気で走るつもりじゃないし」

 

 高校時代から愛用し、今でも足として使っているGIANT製フルカーボンオールラウンダーフレームにFULCRUM製35ミリカーボンディープホイール。レーシングデザインのサイクルウェアに高性能ヘルメット、クリアレンズのスポーツサングラス、それもOAKLEY製フラッグシップモデル。

 

 いつもは軽装でヘルメットも被らずにのんびりと乗っているだけのライの普段の姿を見慣れた者からしてみれば、これは豹変とも言える変身ぶりだったに違いない。

 

 もっとも、山田ら3人は競技部時代のライの姿も見ているため、初めてではないのだが、彼らにとってのライとは晴海サイクルでバイトを始めてからの印象の方が強かったのだろう。目も顔つきも丸っこく、やわらかい髪質で、素直そうな少年の面影を色濃く残すライは、端から見れば自転車競技はおろかスポーツ自転車に乗っていることすら想像されにくい。

 

 そういう目で今までライを見てきた者にとっては、このときのライは別人のように見えたことだろう。

 

 細身ではあるものの筋肉質な体がサイクルウェアによって強調され、ヘルメットを深々と被り、攻撃的な流線形状のサングラスの内側から低空飛行するジェット機のような視線を放つライ。本人は無意識なのだが、片足をペダルにかけたままトップチューブに体重を乗せているその姿勢は、貫禄さえも感じさせる堂々っぷりだ。

 

 圧倒され気味の先輩3人を気に掛ける様子は微塵も見せず、ライは続けて言った。

 

 「それで、行く場所は決まったんですか?」

 

 ああ、と山田が思い出したように、

 

 「そういえばまだ教えてなかったな。荒川だ」

 

 「荒川? この時間に? あそこ夜だと真っ暗で何も見えないじゃないですか」

 

 「それは承知の上さ。何しろ、あそこ、幽霊が出るらしい」

 

 「幽霊?」

 

 ライは拍子抜けしたようにわかりやすく肩をすくめた。自転車と幽霊というワードが結びつく日が来るなどということは夢にも思っていなかったのだ。

 

 「そうさ。何分佐藤がそんな話を持ってきたもんだからな。ほら、佐藤、説明してやれ」

 

 山田に促されると、佐藤は何やら嬉しそうに頬を緩ませながら、決めゼリフの格言を言うかのような調子で言った。

 

 「あそこ、幽霊が出るらしい」

 

 「……おお」

 

 思わずライは困惑と感嘆の混ざった声を漏らす。

 

佐藤は自分のした説明に満足しているようだったが、ライには山田が言ったセリフを繰り返しただけにしか聞こえなかったし、おそらくそれは残りのふたりにとっても同じだっただろう。

 

「おい、それだけかよ」

 

 すかさず鈴木がツッコミを入れる。

 

 「幽霊ライダーが出る、って噂だぜ」

 

佐藤は付け足し、悦に入ったようだ。良い反応が返ってくるのを期待しているかのような目でライを見つめる。

 

なるほど、としか返答の言葉を用意できないライは、救いを求めて山田の方を見た。

 

山田はその視線の意味をわかりきっている様子で、

 

「そんなんじゃ全然わかんねえよ。つまりだな、こいつの言うところに寄れば、夜の荒川を走ってると、いきなり後ろから自転車に乗った幽霊に抜かされるそうだ。そいつがめちゃくちゃ速くて、暗いのに猛スピードで飛ばしていくもんだから、追おうとしても絶対追いつけないんだってな。それどころか、そいつの姿を見ると後で必ず事故るらしい――そんな話だったよな?」

 

 「俺の知り合いは抜かされた直後に草むらに突っ込んだらしいぜ」と、佐藤は得意そうに答える。

 

 ライは聞こえるか聞こえないかギリギリくらいの声でぼそっと、

 

 「それって、ただ暗くて見えてなかっただけじゃ……」

 

 「ま、事故るか事故らないかの話は別としてだ。俺も気になってちょっと調べてみたんだが、確かに荒川の幽霊ライダーは周辺の走り屋の間ではちょっとした有名人になってるみたいだ。目撃者もそれなりにいるみたいだし、興味深いところではあるな」

 

 そう言った山田はあくまで自分は客観的な立場を守るといった風で、本気で信じてはいないように見える。

 

 「でもさ、ただ単にめちゃくちゃ速い人だって可能性もあるよな。道を知り尽くしてるから暗くても関係ないのかも」

 

 訝しげに言った鈴木に対し、佐藤が、

 

 「そいつ、光ってるらしい」

 

 「光ってる!?」

 

 全員揃っての反応だった。

 

 突拍子もない言葉に、呆れ気味に話を聞いていたライも思わず身を乗り出してしまうほどだった。

 

 「それは初めて聞いたぞ。どういうことか説明しろよ」と、山田。

 

 佐藤は一同の驚きを得られて嬉しかったのか、より満足そうな笑みで言う。

 

 「光りながら走ってるんだってな。よく知らねえけど、金色らしい」

 

 「何だよそれ。本当に幽霊なのか? UFOとかUMAの類かもしれねえぞ」

 

 「何にしろ、実在してたら怖えよ」

 

 呆れ顔で山田と鈴木が順に言った。

 

 「さあな。俺も話聞いただけだから本当か嘘かは知らねえよ」

 

 佐藤が無責任にも追及を回避したところで、山田は開き直ったように、

 

 「ま、よくわかんねえけど、こうしてても仕方ないし、気になるからとにかく行ってみようぜ」

 

 そう言い、この日の心霊調査と称したサイクリングが決行されたのである。

 

 山田を先頭に列を組んで向かっている途中、ライは佐藤の隣へ寄って聞いてみた。

 

 「ちなみになんですが、その話って誰から聞いたんですか?」

 

 すると、佐藤はにやりと、得意そうな顔で、

 

 「ん? ツイッターだよ。全部フォロワーに聞いた話」

 

 内心拍子抜けしながらも、名目を無視すれば普通の夜のサイクリングだと開き直り、ライは先輩3人の後を追うことに専念した。

 

 

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