自転車×ファンタジーでラノベを書く

自転車界に激震が走る――かはわからない――自転車ファンタジーストーリーを書きたい!

流星☆オン・ザ・バイシクル(1)

1話『荒川の幽霊ライダー』

 

 

 

迅雷。

 

『じんらい』ではない。いや、『じんらい』と読むのに間違いはないが、疾風迅雷の「迅雷」ではないという意味だ。

 

わかりやすく言えばじん、らい。すなわち迅・雷。前の部分が名字で、後ろが名前。そう、これは迅雷という人物のことなのだ。誤解を生まないように『ライ』と呼ぶことにしよう。

 

物語の主人公であるこのライは現在大学2年生。都内の私立大学に通う都内住み。お隣神奈川県内にある高校からエスカレーター式で大学入学を果たしてから特に問題もなく2年目を迎えた彼は、これまた特に問題もなく大学に通う傍らバイトで小遣い稼ぎをするという生活を送っていた。

 

そのバイト先というのが、東京都中央区は晴海にある自転車ショップである。

 

オフィスビルに囲まれた商業施設街の一角に位置し、『晴海サイクル』と名付けられたそのショップは現在店長の他にライを含めたスタッフ4名が在籍している。

 

ライは高校時代からこのショップの常連だった。自転車競技部に所属していたライは家のすぐ近くにあったこのショップを行き付けと定め、事あるごとに整備だパーツ注文だと通っていたのだ。

 

そして高校を卒業し、練習づくめの競技部生活から解放されたライがバイト先を探していたところ、気のいい店長に話を持ち掛けられ折良く拾ってもらえたというわけだ。

 

ライの他のスタッフは皆年上で、既に皆社会人の彼らはここに骨を埋めるべしと思っているらしい。顔ぶれは昔から変わらず、ライが新入りとして加わった形だ。

 

今日も学校帰りにバイト先に寄り、閉店時間の20時までシティサイクルのパンク修理作業に没頭したライ。

 

店締めを手伝い、店長たちに別れを告げて帰途に着こうとした矢先、思わぬ顔を見て立ち止まった。

 

「ライく~ん。フフ、ごめんね、タイミング良かったから寄っちゃった」

 

「えっ、ちょっ。何で姉ちゃんがここにいるんだよ。会社は?」

 

身長175センチのライより頭半分ほど低いこの女性は、セリフ通りライの姉だ。女性的なラインが際立つスッキリとした体躯の持ち主は、黒ロングの髪を風になびかせ、控えめに手を振りながら弟に微笑みかけている。

 

「だから言ったじゃん。タイミング良かったのよ。仕事終わって帰ろうとしてたんだけど、ふとライ君もちょうどバイト終わる頃だって気が付いて。ほら、今日お父さんとお母さんも帰るの遅いって言ってたでしょ? だから、せっかくだし一緒にご飯食べて帰ろっかなーって思ったんだけど」

 

「来るなら来るってひとこと連絡しろっていつも言ってるだろ。いきなり来られるとびっくりするんだよ」

 

「フフ、ごめんねー。でも、なあに、お姉ちゃんに急に来られるのってそんなに嫌? 残念だなー。サプライズ登場したら喜んでくれるかと思ったのに」

 

「いや、別に、嫌なわけじゃないけどさ。ただ……」

 

「ただ、何よ」

 

「……」

 

ライは決まり悪そうにちらちらと後ろを伺っている。その視線の先にいるのは、別れの挨拶を交わしたばかりのスタッフ(男3人)だ。

 

店長は既に帰ったのかいないが、スタッフ3人はそれぞれの自転車に跨り、少し離れたところから何やらニヤニヤと見つめてきている。その粘着質のような視線がライの居心地を悪さの元凶だ。

 

晴海サイクルの店長もスタッフも全員ライ姉のことを知っている。ライがここでバイトを始めてからちょくちょく連れて来ていたせいなのだが、そのおかげと言うべきか、容姿端麗なライ姉はすっかり晴海サイクルの人気 者(主に同年代のスタッフ男3人の間で)となっていたのだ。

 

 彼らの方へライ姉が笑顔とともに手を振ると、スタッフたちは喜色満面といった様子で大きく手を振り返してくる。彼らの喜の感情のエネルギーの増大に反比例するように肩を落としたライは大きくため息を漏らした――これで明日は羨望のこもった嫌味の嵐を浴びることは確実だ。今から気落ちがするぜ。

 

 スタッフたち(彼女なし)は憧れの女性の笑顔を見ることができて満足したようだった。それぞれ「じゃあな」などと短いセリフを残し、ビンディングペダルクリートをはめる音を響かせて去って行った。

 

 カチッ、カチッ――。

 

 点滅するテールランプが見えなくなったところで、やっとライとその姉はお互いを向き直る。

 

 「それで、どうなの?」

 

 先に口を切ったのは姉だ。

 

 「どうなのって、何が?」

 

 「これから一緒にご飯食べに行こって誘ってるの。どうせあんたも何か買ってくか食べてくかするんでしょ?」

 

 「まあ、そうだけど……」

 

 「そうだけどじゃなくて、はいかいいえでハッキリ答えなさい。そんな歯切れの悪いことばっか言ってると女の子にモテないよ」

 

 「う、うっせーな!」

 

 「それとも、じゃ、なあに。お姉ちゃんとデートじゃ嫌なの? 他の女の子とデートもしたことないくせに」

 

 「バカ、それとこれは関係ねーだろ」

 

 「で、どうなの。私のデートのお誘いに対する答えは? イエス? ノー?」

 

 「姉ちゃんはいつも話の展開が急すぎるんだよ。わかったよ。行くよ。行けばいーんだろ。イエスです、イエス

 

 「フフ、そうこなくっちゃ。美味しいもの奢ってあげるからね」

 

 表情がコロコロと変わる姉にうんざりしながら、ライは半ば引きずられるようにして屋内のレストラン街に入っていくのだった。

 

 弟に対する扱いが雑なのか優しいのかわからないものの、笑っているときは少女のような無邪気さを発揮するライ姉を見れば、誰だって憎むことなどできないのだ。

 

 

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